日语文章分享 - 4


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千年後の世界

 SF小説には二種類のものがある。早くやって来て欲しい世界が描かれたものとそうじゃないもの。  SF小説を読まない人もたくさんいるので、ここで、話をいったん映画にしてみた。  スターウォーズとマトリックス。いずれも世界中で絶大な人気を誇るシリーズ映画。一つはフォースに従って邪悪な帝国軍と戦い、手中にあるライトセーバーにより悪を砕き、正義の道を切り拓くジェダイたちをめぐる超弩級のスペースオペラ。もう一つは、コンピューターネットワークによって管理され、退廃した世界で私たち人類はただ機械を動かせるためだけのエネルギー源になっている。人間が生まれてからひたすら鉄の子宮の中で眠り、マトリックスによって作られた偽物の世界で、偽物の記憶を吹き込まれて、そして偽物の生活を送る夢を死ぬまで見続けなければならないという暗黒のサイバーパンク。(もちろん、あとでネオという超人的な存在が人類の救世主として登場したが)  ちょっと乱暴な紹介になるが、さぁ、皆さんにとってどちらのほうが魅力的な未来世界なんだろう。一見、暗い話のようなマトリックスは嫌だな、あんな未来になったら困るよ、と思う人がいるかもしれないと思うが、たくさんのSFを読んだり見たり楽しんだりしてきたわたしから見れば、どちらも面白くてかつ醍醐味のある捨てがたい世界で、さらに主人公たちのような体験ができたらどんなに素晴らしいことだろうとすらしばしば思うことがある。  まぁ、確かに廃墟と化した町の中を彷徨う屍に人間が生きたままで食べられるという私でも苦手な生々しいゾンビ映画の類いなら、その決して来てほしくない未来の一つかもしれないが、どれも話が似ていてあまり見たことがないので、ここでは論外としよう。  次に皆さんに紹介したいのは「The Road」と「The last of us」です。やはりいずれも人類が消えかけている暗い未来が描かれた作品だが、世界が滅びる理由よりも常に主人公たちを窮地に追い詰めるほうを楽しんでいるのかさえ思われてしまうくらいに作者の悪意を感じるものの、そこから生への執着に駆られ、どうすれば生き残れることしか頭にない人たちの立ち回りを目にしたら、自分もそこまでする人間の一員なんだということに気がつくと心が震えてしようがない。そういうふうにあまりにも残酷な未来世界にたじろいだこともあるが、それでも物語りの主人公たちからは何かプラス的なものを見出すことができたと思う。  結局、SF大好きな私にとってひょっとしたら、まったく共感を覚えない、全然来てほしくない未来なんてないのではないか。少なくとも、この「新世界より」という本に出会うまでにはそう思っていた。

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 家族が大学に勤めているので、構内に家のある私は子供の時いつも幼稚園が終わったら仲間たち(大学の先生たちの子)と遊んでいた。シーソー、ブランコ、虫取り、小物釣り、花や葉っぱを摘んで家族ごっこなどのように、エンターテイメントが乏しかったその時は外で遊ぶのがほとんどだった。中で、特に大勢で楽しめる鬼ごっこが一番人気だったと思う。じゃんけんに負けて鬼に選ばれた子が悔しそうな顔をしていながら数え始めると、みんなが蜘蛛の子を散らしたようにあっという間に逃げ去っていく。最後まで一人も見つからずに済んだこともよくあるが、最も面白いのはやはり鬼に居場所を気づかれてから始まる追撃戦である。捕まったら鬼になってしまう、そのスリルは子供たちにとってたまらなかっただろう。そろそろ夕飯の時刻になると、子を連れ戻そうと出てきた母親たちも私たちがどこに隠れていたのか分からなくて、たまには、名前を呼ばれても、これもきっと鬼の策だと思ってひたすら潜んで出てこないこともあったと思う。  大学の敷地は広くて、構内に建物も複数存在しているから、慣れた環境とはいえ、いきなり変なところに入られたら鬼が全然探しに来ないし、隠れるこっち側にとってもつまらないので、いつも隠れる場所を指定してから始めるようにしていた。その一つで、「ブラックホール」と呼ばれる場所がある。誰がこんな名前をつけたのかさすがにもう覚えているまいが、その場に立つとたぶん誰もが同じのような言葉を心に浮かべたのだろうと思う。それは古い学生寮から幅3メートルの道を挟んだ向こう側の小さな林の中にあった。落ち葉に一面を覆われている地面に唐突に穴がぽっかりと開いていた。きれいな四角い形をしている入り口と周りに設けられた石の手すり、そして何よりも地下深くまで続く石造の階段からは人造物だとすぐに分かった。後で父から聞いたが、どうやら大戦が終わった直後に作られた地下避難施設らしい。とうにその役目を終えた洞窟の入り口には照明設備がついているかもしれないが、あっちこっちに木の葉が落ちているだけで、手入れされている跡もなく、明かりとなるものが一つもないので昼間でも階段の最上段からせいぜい5、6メートルしか中が見えない。石ごろを拾って暗闇の中に投げ込んでみたが、何かにぶつかった音が転がる石ごろとともにどんどん低くなってきてやがて消え、最後はただまるで壁と地面が全て墨塗りにされたような淀んだ入り口が見る人の目を吸い込むだけだった。隠れ場所としては最高だが、子供のごろから暗いところがかなり苦手な私には抵抗のある場所だった。真っ暗なところからいつ何が出てくるかわからないという不安で夜の自宅でさえ部屋に入る前に必ず電気をつけてから入るようにしていた。隣の部屋からごそごそと音が聞こえてびっくりして、何なのかとそれを見に行くんじゃなくて、そっとドアを閉めてしまうのが精一杯の臆病者だった私は、もっと楽しくやっていた鬼ごっこの場所もあったはずだが、この地下施設のことが一番記憶に残ったのは一体どうしてなのだろうか。。。  それから、これほど真の黒に近いものを見たことがないが、まさか形を変えて再会できるとは思ってもみなかった。  「まるで腐臭漂う狭い棺桶の中から、広々とした地獄へと抜け出たような感じだった」  これは千ページにも及ぶ「新世界より」の中にあるほんの普通な一描写しかない。そこに広げられたのは想像だにしなかった人間社会の果てである。  サイコキネシス、すなわち念力。SF作品としてはちょっと物足りない超能力の一つでしかないものだが、「新世界より」では私たちの誇る文明社会は実にこれによって葬られた。一見平和そのものの日常生活に見え隠れしている不穏な空気。不思議な社会構造と違和感を覚える人々の言動。何か芯から現実社会と違うものがぼんやりと感じていてならない。悪鬼、業魔、不浄猫、バケネズミなどと次々目に入ってくるおかしな言葉に読む気をそそられてまんまと誘いに乗って、作者の作った暗黒の世界へと沈んでいく。気がついたら、胸の動悸に伴って呼吸が激しくなり、鳥肌も立っている自分がいた。それでも何かに取り憑かれたようにすぐにやめたくても目が文字を追って脳が勝手にそれを理解していった。ページを埋め尽くす一つ一つの狂気の帯びた文字から織り成される図絵はどれもどす黒くて、子供のごろ見たあの地下施設の穴口を覚え出させる苦悶を私に与えた。どっちかというと、私はやはり宇宙を飛び回って悪を砕くようなスペースオペラが好きだ、それもたぶん読んでいるうちに彩られたスペースアドベンチャーに思いを馳せることが楽しみだからだと思う。それなのになぜ黒に包まれたこの本にこんなににも魅了されたんだろう。この砕かれることにこそ希望の価値がある、絶望だけが無限に広がった未来世界は私にとって決して来て欲しい未来ではない。が、今までの作品の中では確かに最高とも言える世界の一つだ。

 ちなみに、全巻は渡辺早季という名前の主人公が書いた手記みたいなもので、つまり、物語りは常に主人公が生存するという前提で進んでいるはずにもかかわらず、読んでるうちについハラハラしてしまうところからも作者の巧妙な手法が垣間見える。  それから、しばらく別の本に触れていないが、この間朝の満員電車に揺られながらふっと気づいたことがある。現実に囚われ過ぎている私たちはひょっとするとこころの隅で別の世界での非現実的な生活を渇望しているのではないかということに。そして尋常なSF世界とはかけ離れたこの暗黒歴史のような物語りはちょうどその非現実な体験を私たちに送り届けてくれたのではないのか。あるいは私があれほど惹かれていたのもそうなのかもしれない。  普通なストーリーと違って、読んで不快を感じてしまう可能性もあるが、私はあえて非現実、非日常的な体験を求める人たちにこのまったく来てほしくない未来世界の描かれた小説を推薦する。

 最後の一ページに書いてあるこの言葉のように、さぁ、今すぐこの本を開いて、奇怪千万の世界へ逃避行しよう!